2005年01月04日

精神と自然、グレゴリー・ベイトソン、佐藤良明訳、新思索社

精神とは何か?という問に挑んだ本。ここで言う精神とは、人間の心だけでなく、生物、社会、自然など、物理学的方法では理解することのできないものすべてを指す。ベイトソンはこれらは同じ形式的規則性を持つと考え、精神において重要なものは「関係」であると述べている。精神は相互作用する要素からなり、個々の要素では持ち得なかった新たな情報がその相互作用(関係)から作られるのである。原著は1979年に書かれたものであるが、科学者が学ぶべき箇所が数多くあり、ちょっと前にブームになった複雑系の考え方にもつながる。
進化と学習とは、必然的に、同じ形式的規則性に収まるのだ。そのことに気づいた私は、「誰もが学校で・・・」で説明しようと思った概念を、人間固有の知ではなく、もっと広い知、ヒトデもイソギンチャクも大木の森林も人間の団体組織もみんな知っている共通分母としての知について考察するために使い始めたのである

ベイトソンの言う精神がすべて同一の規則にしたがっているとしたら、進化に対する理解が深まれば、団体組織、知能に対する理解も深まり、相乗効果でこれらに関する知識が急速に発展するかもしれませんね。

自然現象に映し出されていたのは、一概に言って、ヒトという種の抱え持つ一番野暮で単純で動物的で原始的な面なのではない。むしろ逆に、人間存在のなかの、複雑にして美的、精巧にしてエレガントな側面こそが、自然の姿を映し出していたのである

人間が作り出した科学技術は動物やバクテリアなどの原始的生物よりもまだ未熟ってことですかね。現在の科学技術はバクテリア一つ作れないですし。そう考えると、人間はまだまだ進歩できる可能性がありますね。

おはなし=ストーリーとは、関連relevanceという名で呼ばれる繋がりの糸が集まってできたものだといえる

科学的に精神の話をしようとしても、絶対、哲学的(おはなし的)になってしまいます。でも単なるおはなしで終わるのではなくて、コンピュータシミュレーションなど使うことによっておはなしを具体化する作業は精神についてより深く知るために不可欠な気がします。

精神と自然―生きた世界の認識論



posted by xi at 23:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自然科学
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/1478066
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。