2006年03月13日

「国家の品格」藤原雅彦

実力主義、論理・合理主義、民主主義、平等、国際化などなど
多くの論客がその重要性を叫んでいるものを切捨て、
品格ある古き良き日本に戻ることを提言する本。

ここまでの反論は読んでいて意気持ちいいものだし、
納得できる部分も数多くある。
異なる角度から現代社会、日本を見ることができる。

多くの日本人は経済大国になった今でも、
アメリカやヨーロッパにぼんやりとした劣等感を持っている気がする。
劣等感などは感じる必要は何一つなく、
日本の伝統(武士道、文化、風土)の素晴らしさを
気づかせてくれてくれる本でもある。

競争社会の悪

実力社会では、まわりは敵ばかりで不安定で、
穏やかな心では生きていけない社会になってしまう。

論理の悪

論理的に正しいからといってそれを徹底していくと、
人間社会は必然的に破綻に陥ってしまう。
ゲーデルの不完全性定理によって正しいか誤りか判断できないことが
完全無欠と思われていた数学においても起こってしまうと証明されたし、
論理の出発点を間違うと、とんでもない結論に至ってしまう。
人を殺していけない論理的理由は何一つなく
「駄目だから駄目」と情緒が分かることが不可欠である。

民主主義の悪

第一次世界大戦の原因となったサラエボ事件。
その時点でヨーロッパの首脳で大戦争をしようと思っていた人はいなかった。
ところが国民が大騒ぎした結果、民主主義国家ゆえに戦争が始まり、
850万人が犠牲となってしまった。
民主主義が前提としている「成熟した判断ができる国民」は成り立たず、
民衆が悲惨な選択をすることはしばしば起こる。
どんな悪でも世論が正義となってしまい、
マスコミが第一権力となってしまう。
民衆の暴走を抑制するための、真のエリートを養成することが必要である。

ナショナリズムの悪

自国の国益のみを追求する思想だと、戦争につながりやすい。
他を排除するナショナリズムではなく、
祖国愛(パトリオティズム:自国の文化、伝統、自然を愛すること)
を持つべきである。

グローバリズムの悪

世界の経済、文化、社会がアメリカ化、画一化されてしまう。
効率はよくなるかもしれないが、
各国、各民族、各地方に生まれ美しく花開いた文化や伝統は、
そんな効率よりも価値が高い。「たかが経済」である。

市場経済の悪

社会を少数の勝ち組と大多数の負け組にはっきり分ける仕組みである。

英語教育の悪

国語がおろそかになり日本語が使い物にならなくなり、
まともな思考ができなくなる可能性がある。
言語と思考はほとんど同じものだからである。

古き良き日本:江戸時代

天才が生まれるのは一定の地域からしか生まれてこない。
美しい景色があり、伝統や自然や神にひざまずく心があり、
精神性(文学・芸術・宗教)を尊ぶ風土が、
天才が生まれる地域に共通することである。

江戸時代の日本には、田園風景が広がり、
武士道(慈愛、誠実、任愛、正義、勇気、惻隠)があり、
金儲けの役に立たない読書に国民は楽しみを見出していた。
天才を生む土壌があり、関孝和、松尾芭蕉などの天才を輩出した。
江戸を見れば、明治以降の目の覚めるような近代化は必然だったのである。

国家の品格
国家の品格
posted by xi at 23:16| Comment(0) | TrackBack(11) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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